ゴミの人


ゴミの人
 

ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
信じなくていいですが、僕は自分を人だと認めることに作業を必要とします。両親も姉も親戚も友達も人なのに。僕はゲイです。作業を経てから言ってます。まず人であることについて聞いて下さい。聞かないで下さい。ごめんなさい。聞いても否定して下さい。理解しないで下さい。
人を好きになった時の話です。キスがしたかったです。
手をつなぎたかったです。笑顔で会話をしたかったです。
気持ち悪いです。
好きになったその人のために何でもしようと思ったんです。だから気持ち悪くさせる嫌なものから守りたかったんです。でも徐々に家のベッドの上で気付き始めたんです。
気持ち悪いです。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
その子と僕を比べてみました。大切なのはその子でした。その子のために恋愛感情を消せばその子は気持ち悪くなくなると思いました。僕も喜ばれると思いました。でも好きじゃなくなったら別にどうでもよくなるので、大切なのは僕の方になり、僕は自分の素直な気持ちを押し殺す必要がなくなるので、その子を再び好きになります。
気持ち悪いです。
しかしそれ以前に恋愛感情が消えないので、そうか、感情の一部分だけを消すなんて都合のいいことはきっとできないんだ、などと思い立ったので、僕は感情を丸ごと消す作業に移行しました。毎晩、家のベッドの上で一人、好きな子のために気持ち悪い存在をやっつけようと、好きな子を苦しめる存在を憎しみのハサミで切りつけ、好きな子にありがとうって言ってもらいたくて、

その日、僕は狂いました。

ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
たくさんのことを発見しました。十三年間も自分を無条件で受け入れていたことや、感情の発生が制御できないことや、他に誰も学校でこんなこと考えている人がいないことです。
全てを信じられなくなった時、僕は自分が人であることをどうも認められませんでした。五年間、僕は感情と戦争をしました。本当に人が好きで、幼い頃から僕を人だと刷り込み育ててくれた両親も大好きで、姉も友達も大好きで、感謝していますが、僕が人であるかどうか自体とは関係がなくて、
事実は何もありません。
一つの宗教があります。宇宙の崩壊があっても変わらないアレを前提にすることです。アレについては別に詞を昔、書きました。しかし、だからと言って、発狂レベルが微かに少なくなっただけで、僕が人であるかが示された訳ではありません。
感情との戦争が終止符を打った時です。全てと一切関係ない次元で、僕を人として扱ってくれ、しかも大切にしてくれ、笑顔で会話をしてくれる友達を、僕が大切にしないことが不可能だったんです。もし、友達を悲しみの淵に追いやれるならば、僕はもっと最初から人だったと考えられます。知りません。
僕は人です。
十八になってからゆっくりゆっくり前提を増やし始めました。

以上の百倍くらいの考えや感情が僕の頭の中では常に息を潜めているんです。日常会話で次に発する一言も、全てを巡ってから練られてるんです。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。

本当に悲しいことに、全てが、この世か何かの全てが、
事実なんです。

ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
何か一つが正しいということではないので、これも嘘です。
矛盾している訳じゃないんです。あまりに無限だから、
僕が思考停止をしようとなかろうと

既に積もり積もったゴミの山。

ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。
ゴミの人は僕です。ゴミの人は僕です。


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ゴミの人